本音の重要性
本音の重要性と書いて、間逆が綺麗ごとになるのでしょうか?
真面目に頑張ってたら、きっと結果が付いてくるとか、神様がきっと見てるとか、子供のころから学校や親から言われていた記憶があります。
まぁこれは綺麗ごとなんでしょうが、結構小学生低学年くらいまでは間に受けていたような気がします。
イジメの問題などもそうなんでしょうが、学生時代イジメというか喧嘩や、まぁイジメですね…は頻繁にあっていたように思います。
綺麗ごととしては、イジメはいけません。
それは良くわかります。
しかし、そういう先生が出来る子を凄くえこひいきをしたり、会社にしても大なり小なり嫉妬というか、現実イジメみたいなものはありますよね。
イジメをやめましょうといってる大人が、イジメをおこなってたりするわけですから…
現実大人社会でも無くならないイジメ対してダメだダメだと叫ぶよりは、本音としては親が子供の頃からしっかりフォローしながら耐性をつけさせた方が良いと思います。
現実を知った上で道徳的な部分を磨いていくみたいな…
イジメを無くせない大人が子供には綺麗ごとをいうわけで、ほんとの現実知ってるのになぁて思ってしまう私は、多少歪んでるんでしょうが…
それとお金の話はタブーなのか、学校ではありませんでした。
世の中は資本主義社会ですが、学校は綺麗ごとが好きみたいで、資本主義の社会に出るまで義務教育又は高校までは、全くといっていいほど、そんな教育はされていないのが現状です。
学生の中には、勉強は出来なくてもビジネスセンスが素晴らしい子はいっぱいいるはずなのに、ほんとに綺麗ごとばかりで勿体無い教育をしてるなぁと思います。
実際事業を自分でしてる人は、学歴は自分も含めて全然な人が多いです。
もっと日本の経済を強くしたいなら、小学校高学年くらいから5教科並みにビジネスの授業があっても良いのにな(^^ゞ
だったらもっと勉強も楽しかっただろうな(^.^)
まぁそんなの現実的に私学しか出来ないでしょうが^_^;
話しがぐだぐだになりましたが、ちょっと本音をいってみました(^.^)